を発表します!
「11月の雨の日」(仮名)
昭和40年代の後半 狭い病院の一室で ボクは生まれました
一人目の子供を流産でなくした両親はボクのクシャクシャの顔を見て 涙を流したって言っていました
幼い頃体の弱かったボクを いつもママがだっこしてくれました
駅までのあの長い上り坂を いつも息を切らしてママがだっこしてくれました
それからパパは一生懸命働いて ボクを育ててくれました
そしていつもパパは海につれていってくれました
そして船に乗せてくれました
いつも船に乗せてくれました
小学校にはいると ボクは健康優良児に変身しました
小学生の運動会で ボクが一等を取ったとき ママはボクを抱きしめて
くれました
そのときのママの喜んだ顔がうれしくて
そのときのママの喜んだ顔がうれしくて
中学校に入ると ボクは野球部に入りました
パパはボクにバットとグローブを買ってくれました
いつも試合に応援に見に来てくれました
ママはいつもボクにお茶を持たせてくれました
そしていつもがんばれって言ってくれました
高校に入るとボクは少し生意気になりました
パパとママと一緒にいることがいやになりました
一緒にいるのが恥ずかしくて
パパとママと会話することがいやになりました
大学に入るとボクは一人ぐらしを始めました
パパとママとはほとんど連絡をとりませんでした
盆正月も帰りませんでした
そして中途半端なまま社会に飛び出しました・・・・
それから17年の歳月がたちました
ある日携帯をとってみると 父親からの電話でした
「緊急の用事だからすぐに帰れ」といわれました
実家に帰ると父親が一人で泣いていました
笑顔しか見せなかった父親が泣いていました
母親の命があと1ヶ月とそのとき初めて知りました
母親の命があと1ヶ月とそのとき初めて知りました
病院に行くと母親は笑顔でワタシを迎えてくれました
でも頬はこけ顔は青白く体中に線がたくさん巻かれていました
ワタシは病院の便所でひたすら吐き続けました
ワタシは病院の便所でひたすら吐き続けました
母親の体はがんで侵されていました
体中がんでおかされていました
ワタシは泣き続けました
来る日も来る日も泣き続けました
そして神に祈りました そしてわがままをいいました
母親の命だけは他の人の命と違う
どうか神様 病気を治してください
だけど母親は弱っていきました
言葉がでなくなりました
記憶がなくなりました
ワタシがだれなのかわからなくなりました
そして 11月の雨の日 に 母親はなくなりました
そのとき父親は泣きました そしてワタシにいいました
母親はワタシのことを毎日心配していたよと
母親はワタシのことを一番愛していたよと・・・・
ママは幼いころ長い上り坂をだっこしてくれました
ボクは大人になると長い上り坂を一人でのぼれると思っていました
でも上り坂を一人でのぼることはムリでした
いろんな支えがあって いろんな愛があって
ボクはのぼっているんだと 気づきました

